外線からの電話での出来事 ~吃音による失態

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職場での出来事・エピソード
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突然鳴る固定電話

職場で仕事をしていると、突然デスクの固定電話が鳴ることがある。特に外線からの電話は電話交換手を経由してかかってくるため、こちらからは逃げようがない。
私にとってこの「外線電話」とは、本当に恐怖である。理由は、私は吃音(どもり)があり、うまく言葉が出ないからだ。

普段の会話でも吃音が出ることはあるが、相手の顔が見える状況なので何とかなることが多い。しかし電話は相手の表情が見えない分、誤解されやすく、相手次第では「ふざけているのか?」「何を言っているんだ?」と思われる恐れがあると思う。だから、固定電話の着信音が鳴ると「ドキッ」としてしまう。


突然の外線で大失態

先週もそんな出来事があった。作業に没頭していたとき、突然私のデスクの固定電話が鳴った。頭の切り替えができないまま受話器を取ったため、やはり吃音が出てしまった。

「あ、あ……あの。も、も、も、もしし……」

と、言葉がなかなか出てこない。交換手の人も「何この人?」と思ったに違いない。電話越しでお互い顔が見えないのでふざけているように聞こえ、相手は不快に感じたかもしれない。

しかも内容は、別のグループ宛ての電話だった。本来ならそのグループに回せば済む話なのだが、よりによって誰も席にいない。私はどもりながら「全員不在です」と伝えたが、交換手からは「そうはいっても困るので、とりあえずあなたが受けてほしい」と押し切られてしまった。

正直、その瞬間「私は吃音があるので外線は回さないでほしい」と叫びたかった。しかし現実はそうはいかない。結局、仕方なく恐る恐る電話を受けた。

そして案の定どもり続けてしまった。周囲の同僚は「○○さん普通に話せないのか」「電話対応できないとはダメだな」と思われていたに違いない。恥ずかしい思いと劣等感でいっぱいになった。


筆頭グループの宿命と私の立場

どうやら交換手を通した外線は、担当者が特定できないとき、大抵「筆頭グループ」に回される仕組みらしい。電話交換手のマニュアルでもとりあえず筆頭グループに回すよう書かれているのだろう。
そして、私はその筆頭グループに所属し、しかも一番下の役職である。交換手からすれば、外線は下っ端に回すというのが暗黙の了解なのだと思う。

しかし吃音を持つ人にとって、電話は苦手なことが多い。しかも突然の電話は頭の切り替えが追いつかず、どもるリスクが格段に上がる。

毎度のように「落ち着いてゆっくり話せばいい」と言う人もいるが、そう単純なものではないのだ。落ち着こうが、ゆっくり話そうが、どもるときはどもる。

おそらく吃音の当事者でないと、この「できない」気持ちは分からないと思う。

正直なところ、業務配慮として外線対応の対象から外してほしいとすら考えてしまうこともある。
あるいは筆頭グループから異動できないかと考えてしまう。
逃げに思われるかもしれないが、そうすれば、知らない人からの電話のプレッシャーから解放されるのではないかとも思う。


吃音がトラブルを招くリスク

外線電話での粗相は単に私が恥をかくだけではない。相手が社外の人である以上、対応次第ではクレームやトラブルに発展しかねない。

たとえば、難発の吃音で沈黙が続いた場合、相手が短気な人なら「なんで黙っているんだ!」「上司を出せ!」と怒られる可能性もある。真面目に対応しておらず不誠実と受け取られる危険もある。

会社としても、そんなリスクを抱えるくらいなら、合理的な配慮をして私を外線対応から外す方が無難なのではないだろうか。
吃音が原因で万一トラブルになっても、私は責任を取れるわけではない。結局「すみません」と謝ることしかできないのだから。


次の人事考課面接で伝えてみる

次回の人事考課面接では、この外線電話の件を上司に伝えようと思っている。吃音に対する理解がどこまであるかは分からないが、少なくとも私の恐怖心やリスクを正直に話すつもりだ。

「わがまま」と思われ、評価が下がる可能性も十分にあり得る。しかし、ASDやADHDの傾向もあり、過去の人事評価でも散々な結果ばかりだった。正直、昇進や評価に期待していないので、下がったところで、影響はないだろう。

それよりも、少しでも自分の特性に合った業務に集中したい。庶務や取りまとめではなく、専門的な業務であればまだ自分の強みを活かせるかもしれない。ダメ元ではあるが、人事考課面接の場で、その希望も伝えてみたいと思っている。


まとめ

会社員で吃音があるといろいろ困ることがある。特に電話対応というのは本当に苦手意識を感じる。

そして吃音は努力や気合でどうにもならないことが多い。特に40代後半になると、どうしようもないと実感し、あきらめも感じる。そんなときはバカにされたり笑われたりしても仕方がないと思い、開き直る。また恥と思わず、思い切って周囲に理解や配慮を求めるのも有りだと思う。

そんな中、吃音というものは理解されにくい部分もあると思うが、最近では少しずつ吃音に対する認識も広まってきているとも感じる。

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