相性が最悪だった係長との仕事 ~万能型係長との決定的ミスマッチ

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私の回顧録
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昇進ゼロの10年と、電力会社の年功序列

私は前部署に、8年ほど在籍していたにもかかわらず、一度も昇進することがなかった。電力会社という組織は、今なお年功序列の文化が色濃く残っており、一般的には3年ほどで昇級し、40歳前後で係長クラスになるのが通例とされている。

そのような中で評価されなかった理由のひとつが、数年間一緒に業務をした、ある係長との「相性の悪さ」もあったと思う。

相性が最悪だった係長との日々

その係長は、部下を細かく管理したがるタイプであった。
一方の私は、細かく口を挟まれると作業の流れが断ち切られ、パフォーマンスが下がるタイプである。資料作成の最中でも、「これは書かない方がいい」「この語尾は『等』より『など』にすべき」「この順序はおかしい」など、逐一指導が入った。

そのたびに作業が中断し、指導前に考えていたことを忘れてしまうことも少なくなかった。そして、結果的にミスが発生し怒られる。つまり、細かい指導のため、却ってミスを誘発していたのだ。

また、係長と私の作業手順や段取りには大きな違いがあった。
私は自分のやりやすい方法で手順や順序を組み立てていたが、係長から見ると非効率に映るのか、逐一「まずは〇〇をやってから、次に××した方が良い」など指摘された。確かに係長の言う手順の方が合理的だったのかもしれない。しかし、私のイメージとは異なる方法で作業を進めると、ますます混乱し、ミスが増えていった。

「器用な上司」と「不器用な部下」のすれ違い

その係長は何でもそつなくこなす器用なタイプであり、資料作成、調整、説明も得意な、いわば「万能型」の人材だったと思う。だからこそ、不器用で、指示通りの手順で作業できない私に対して、いら立ちを覚えていたのだろう。

私は、一般的な人が自然にこなせることでも、うまくできないことが多い。そしてこと細かく指示がされると、その手順自体に馴染めず、結局ミスを連発する。

小学生時代に感じた「自分のやり方」の大切さ

思い返せば、小学生のときに「運動している人の絵を描く」という課題があった。
先生は「まず腕を描くには、小さい丸を2つ描いて…」と細かく手順を教えてくれたが、その通りに描いてもうまく描けなかった。最終的に自分のやり方で描き、その方が上手に描けたと思う。

先生も最後には「あなたの好きな描き方で描きなさい」と半ばあきらめ顔で言ってくれたのを覚えている。あの時感じた「自分のやりやすい手順でやった方がうまくいく」という感覚は、今でも変わっていない。

評価は最低、ついに「合わない」と公言される

この係長は、私に対してかなり低い評価を下していたと思う。
ある日、上司との人事面談で「この人(私)とは相性が合わないので、組み合わせを変えてくれ」と伝えたことを、本人から聞かされた。私も精神的に限界だったが、係長も相当ストレスを感じていたのだろう。

これまで私に対しては、以下のような言葉を頻繁に投げかけてきた。

  • 「なぜ言われた通りにできないのか?」
  • 「普通は○○ならこうするだろう?」
  • 「なぜそんなにミスする?お前のミスをフォローするのが大変だ」
  • 「あの場でそんな発言をしたら、マイナスのイメージがつく」

この係長は空気を読む力、いわゆる「常識」を重視する人でもあったので、私の行動や発言が奇抜に見えたのだろう。細かい管理に加え、多くの点で決定的に相性が合わなかったのだと思う。

主体的に動けば怒られ、黙っていれば怒られる

私は、怒られても、気持ちを入れ替えて主体的に業務を進めようとし、ミスにも気を付けようと試みたが、なかなかうまくいかなかった。自分なりに考えて動いたつもりでも「的外れだ」と怒られる。逆に、保守的になり指示待ちになれば「主体性がない」と責められる。
まさに、どうすれば正解なのか分からない状態だった。

極めつけはこうだ。

「お前はコミュニケーション能力も低く、内向的だ。だから裏方業務ばかり回され、評価も上がらないんだ」

分かってはいる。
しかし、それを面と向かって言われたときはさすがにショックであった。内向的な性格は、生まれつきのものであり、すぐに変えられるものではない。

ASD・ADHD検査を受けたきっかけとなった出来事

この係長とのやり取りは、私がASD・ADHDの検査を受ける動機の一つでもあった。
検査結果を受け取り、「もしもっと傾向が強かったら、私は支援学校や福祉施設で働いていたのかもしれない」と本気で思った。
そう感じてしまう自分自身が、本当に情けなかった。

ASDの特性を持つ人は、自分なりのやり方、ルールを持っていることが多い。
そのため、細かく指示・管理されると混乱しやすく、失敗が増える。また、「常識」や「空気読み」を重視する相手との仕事では、非常に相性が悪いのだと感じた。まるで日本人と外国人のように、価値観そのものが違うのだろう

当時はかなり落ち込んだが、今ではそういった相手との「相性の悪さ」は、努力ではどうにもならないと半ば開き直っている。

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