前任部署では、本当に評価されなかった。
上司だけでなく、多くの同僚からも「できない人」「空気が読めない人」「変わった人」と見ていたと思う。そして年下の社員からは、「できない40代」と見られていたかもしれない。
しかし、そんな私にも物好きなのか気さくに話しかけてくれる若手社員がいた。最初は「変わった奴だな」と思ったものの、軽い雑談から始まり、次第にいろいろな話を交わすようになっていった。
「先輩」としてのアドバイスはできなかった
正直、私は仕事についてまともなアドバイスはできないと思っている。
会社員としてのセンスは無いと感じていたし、そもそもダメ社員である自覚もあった。そのため、「成果を出したいなら○○さんを見習えばいい」「○○さんの積極性は見習うべきだね」といった「他人を褒める」スタイルのアドバイスくらいしかできなかった。
むしろ私は反面教師である。
「会社で成果を出す方法」「偉くなる方法」は、私には分からないとハッキリ伝えたこともある。若手社員も私の仕事ぶりは分かっているだろうから、昇進の方法や成果の出し方については、聞かれることはなかった。
意外に好評だった「会社の外の話」
そんな私が若手と話す際に好評だと感じたのが、仕事以外の話であった。仕事外の話で雑談が膨らんだと言っても過言でないかもしれない。
特に、社外の交友関係やお金の話になると、その若手社員は明らかに興味を示していた。
私は以前の記事「社外に活路を見出した配属1年目」でも書いたように、社外の人付き合いにこれまで救われていると思っている。
そのため、社外の人たちとの交流の話や、会社以外で得られる体験について話すことが多かった。これらの話題が、「会社だけが人生のすべてではない」という気づきを与えたのかもしれない。
また、資産運用やお金の話も関心を引いたようだ。
私自身、会社員としてはポンコツかもしれないが、資産運用についてはそれなりの経験があると自負している。
コツコツ積み立てた投資信託や日本株・海外株の話、複利の話などをすると、興味津々に聞いてくれた。今の若い人は、私たちの世代以上にお金や資産運用に興味があるのだと感じる場面でもあった。
「この人、ダメ社員だけど、お金のことは詳しいな」
そんな意外性を感じたのかもしれない。
話し相手がひとりでもいるという安心感
この若手社員と何度か話す中で、ふと思ったことがある。
たとえ職場に馴染めなくても、たった一人でも気兼ねなく話せる相手がいるなら、それだけで十分救われるということだ。
私はASD・ADHDの傾向もあり、大勢と仲良くするのは以前から苦手だった。職場で全員と良好な関係を築くのは到底無理であり、それを目指すこと自体が間違っているとすら思っている。
職場は友達を作る場ではない。上司や同僚は選べないし、どうしても相性の悪い人は存在する。
仲が良いに越したことはないが、うまくいかないのが普通だと割り切った方が気が楽になる。
若手も実は会社中心ではない?
最近の若手社員と話していて感じたのは、意外にも彼らは昇進や社内評価にあまり執着していないということである。おそらく、私たちの世代よりも出世にこだわる人は少ないと感じる。
むしろ「プライベートを充実させたい」「社外にも自分の居場所を持ちたい」という思いを持っている人が多いように感じた。
世間で言われているように、会社を中心とした人生設計ではなく、「会社は生活の一部」として捉えている若者が少しずつ増えているのかもしれない。
そんな若手にとって、私のような「会社ではうまくいかないけれど、社外ではそれなりに生きている」存在に興味をひかれたのかもしれない。
自分を「ダメ社員」だと認識しながらも、若手社員に私の経験を話せたことは、ある意味、良かったのかもしれない。
仕事では評価されなくても、自分の経験を誰かに伝え、それが役立つと感じられることで、自己肯定感を保つことができた。
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